恋とはどんなものかしら? 形ばかりと揃えられたような茶器はそれでもどこか気品がある。この研究所に勤める人の中に は女性がいたから彼女のチョイスなのだろうか。 高等部の隣に建てられた大学の研究施設の一室に私はいつものように通されていた。ここにく るのは今日で4度目だ。軍が関与している研究所の主こそ、私の婚約者である。私は彼に会う ためここへ通っている。彼を見極めるために。 私がここへやってきても彼はパソコンをいじるか機械をいじりに別室に行くかでまともに相手 などしてもらった記憶がない。もちろん勤務時間が終わったから外へ食事に行くこともない。 それ以前に彼には明確な勤務時間などなく、彼の仕事はもはや彼の生きている時間の中の大半 を占めているようだ。私と彼との関係を知ったら、いくらあの両親でも悲しむだろう。彼の家 柄がどんなに良かろうと、やはり親は親で、できるだけ娘の幸せを願っているものだ。しかし 誤解してほしくないのは、私は今の状況を退屈だとか悲愴な気持ちになっているだとか、そう いうわけではなく、どちらかと言えば楽しんでいる。 彼は今まで近くにいたどんな男性とも違うのだ。まず私に興味がない。そして彼自身相当の変 わり者なのだ。 「…ロイド伯爵」 私が婚約者に対して、できるだけ作った声で話すのは今までと変わらない。そう、私は今まで の婚約者と変わらない態度でロイド伯爵に接するようにしている。けして自分を出してはいけ ない。相手に、自分は落ち目の貴族で困っている・辛い・悲しいだからあなただけが頼りなの だというか弱いイメージを持たせておくのだ。そして来るべきときが来たらそのイメージをで きるだけ衝撃を与えて粉砕するのだ。 しかしこの男は違うのだ。まず、呼びかけにロイドが一発で答えることはまずない。本当に興 味がないのだ。私に対して。 「ロイド、伯爵」 少し強めに言ってみるが彼はぴくりともせずパソコンを打ち続けている。完全にニーナと同じ 種類の人間なのだ。好きなことをやっていると周りが見えなくなる人間。でも思えば自分の周 りの人間はそんなやつばかりだ。シャーリーはルルーシュのことになると周りが見えなくなる し、カレンもどうやら何かに嵌っているみたい。ナナリーだって根っからルルーシュのことが 好きだし、スザクは自分の行く道へ真っ直ぐだ。ルルーシュなんて周り見えてない人間ランキ ング第一位だ。 リヴァルはどうだろう。もしかしたら一番冷静かもしれない。 だから特別私はそういう人間のことが嫌いではないのだ。むしろ個人的に言わせてもらえばそ んな人間の方がおもしろい。 だからだろうか、今までのどこにでもいるような貴族ではないロイド伯爵をもう少し観察して いたいと思っていた。 彼が淡々と私との婚約を了承したことに意味はあったのだろうか。 気まぐれか、そちらの家の事情なのか。 まさか何か変な研究の試験台にでもされないだろうかと薄っすら警戒をしてもいるのだがそれ でもなさそうなのだ。ないとは言い切れないが。 こうして彼がパソコンを打つ姿をぼうっと眺めながら1時間ぐらい過ごす。今日は本当に何の 反応もない。もしかして私が来てることに気付いてないのだろうか。 この人と付き合う女性は大変だなと思う。愛されてるのか愛されてないのか一生わからない気 がするのだ。そこまで考えてから、今付き合っているのは自分なんだっけ、と気付く。 そんな、付き合う、なんて言葉の端にも当たらない関係だけれど。 もっと遊んだりするにはたくさん違う男の子がいる。けれど今、私がこの人に留まっているの には意味があるのだろうか。 そんなふうに考えながら、そのために今日もやってきたんだったと思いなおす。 「ロイドさん」 呼び方を変えてみるとキーボードを打つ手がやんだ。 内心驚きつつもおかしくて笑いそうになるのを抑える。私がいたことには気付いていたのか。 忘れていたかもしれないけれど。 「ね、恋ってどんなものだと思います?」 ロイドは思い切り嫌そうな顔をしてから、再びキーボードを叩き始めた。 返答はどうやらなさそうだ。小娘にありがちな質問だ、などと思われたことだろう。けれどそ れでよい。 私はそんな彼を見ながら、なんとなくルルーシュのことを思い出していた。そろそろクラブハ ウスに戻ろうか。きっと彼は今日もいないけど。 071027 < |