「C.C.」
もはやこの名で呼んでも少女は振り向かない。当たり前だ。こんなの人間の名前じゃない。


君の名は


「ご主人様…」
おどおどと躊躇いながら自分を呼ぶ声にはどうにも慣れそうになかった。ルルーシュは小さく
ため息を吐いて振り向く。
振り向けば、振り向いたで少女は体を震わせる。
(自分で呼んでおいて…)
「あの、何か申し付けることはありませんか…?それともわたし、どこか物置にでも引っ込ん
でいたほうがよろしいですか?」
瞳をきょろきょろと挙動不審に動かしながら少女は申し訳なげに言った。
ルルーシュはため息を吐く。
「物置なんかない。それに今は特にすることもないし、ソファで休んでればいい」
そう言うと少女は目をきらきらとさせ、それから目を逸らして少し微笑んだ。
(あ、笑ったの初めて見たな)
「不思議です…そんなふうに気づかってくれるご主人様、初めてです」
いちいち胸をつかれることを言うものだとルルーシュは思う。
そして他者に支配されるということの憐れさをルルーシュは目の当たりにした。
(同じだ)
ルルーシュの脳裏には父の姿が浮かぶ。
(あいつの前では俺もきっと同じなんだ)
どう足掻いてもあの支配から逃れられない。寒気がする。情けない。憐れさを知っているから
余計に腹が立つ。
(払い除ければいいのに)
きっと生きていけないことを知っているのだ。
殺された人を知っているのだ。
黙っているルルーシュを少女は不思議そうな目で見る。しかし目が合うと慌てて逸らした。
「おまえはここでは召使いではないんだ」
少女は理解できないと首を振る。
では何だろうか。
少女が魔女だったときよく言っていた。
(“共犯者”)
なんて心強い響きだったのだろう。こんなにも助けられていたことを今になって知る。
恋人でもない友達でもない、魔女は共犯者だった。
でも魔女はもういない。目の前の何も知らない少女に自分の罪を共にして貰うことなんてでき
ない。
魔女は結局、自ら自分の願いを教えてくれることはなかった。自分の想いを告げてくれること
はなかった。
けれどたったひとつ、唯一、魔女はルルーシュに教えたことがあった。
「おまえは」
言いかけてルルーシュは一呼吸置き、震える少女の瞳を見つめた。
(確か条件があったな)
あの時の、涙を浮かべた魔女の瞳を少女と重ねながら、ルルーシュはできるだけの愛情と慈し
みを込めて、その名を口にした。


080730











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