風と街


「結婚式、かぁ」
「ちっくしょー!扇のやつ〜!俺の知らないところで巨乳美人ゲットしてるなんてよぉ〜!!」
「結婚…」
「しかもでき婚かよぉ!あいつぼーっとしてるくせにホンットやることやってんだからなぁ」
「ウェディングドレス…ジューンブライド…」
「ちっくしょー!!!」

「玉城さんちょっと黙ってよ!!!!」

扇さんが結婚する。相手はブリタニア人で、結構美人だ。

『え〜とこいつは紅月カレン。俺の親友の妹で、俺にとっても妹みたいなもんだ』

照れながら紹介する扇さんに彼女は終始苦笑いだった。私も苦笑いだ。
だってとっくの昔に知り合いだった。ナイトメアフレームのパイロットとして。
しかし今日から私は彼女にとって、夫の妹みたいなもん、という存在になる。
どうして扇さんだけこんなに呑気に私を紹介できるのか、その神経に疑問を持ったけど、案外
彼女も気を張ったところはなかった。

『よろしく。カレン』

戦争中、たった一度も見せなかった彼女の笑顔を見た。
ああ、戦争は終わったんだと、彼女のはにかんだ笑顔を見て、肩の力が抜けていった。

(結婚式…何着ようかなぁ)

それからどうもぼんやりしてしまう。
そして何故か、あの女のことを思い出した。
不可解な存在。記号みたいな名前の女。
随分、長いこと一緒にいたような気がするのは何故なんだろう。
神楽耶様から聞いた話だと、あの女は生き伸びて、どこかに消えっていったらしい。
今もきっとどこかで生きているんだ。あの魔女みたいな女。
わがままな性格どおり、我儘に生きていくんだ。
それからやっと気付く。結構楽しかったんだ、あの女と話す時間は。
憎らしかったのは、きっとライバルだったから。

(ああ、あいつだったら結婚式に何を着ていくんだろう)

「ちっくしょぉぉぉ…」
「玉城さん、飲みすぎ。昼間っから」
親友が結婚するってこんな感じなのかしら。昼間っから酒飲んでぱーっとやりたい感じなのか
な。
席を立つ。
「カレン〜どーこ行くんだよぉ」
「買い物!玉城さんもスーツ新調しましょうよ!」
「あー?」
何もこんなところで玉城さんの相手してなくてもいいよね。
私は私なりに扇さんと彼女の結婚を受け止めて歩いていかなきゃ。

外に出る。眩しさに眩暈がする。
賑やかな街の音。建物を修理する金属音。子どもたちが路地を駆けていく音。土ぼこり。車の
クラクション。噂話に笑い声をあげるおばさんたち。汗をかきながら走っていくサラリーマン。
すべての失われていたものが、再生していく音。
ふとした瞬間に思い出す、あなたの影。
そして真っ青な空。


聞こえる?


まだあなたのことを思い出すけど。
私は走り出す。
街に、新しい風が流れる。

070820













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