かわいいひと

「猫祭りって何するのかと思ったら仮装大会だったんだね。僕てっきりキャットファイトみ
たいなの想像してたよ」
スザクは的外れなんだかよくわかんないことを言って鏡の前に立った。
「本当に、男女逆転祭りと並んで意味を見出せない行事だな」
背後で疲れきったルルーシュの声がする。
むりやり猫の衣装を着せたあと、嫌がるルルーシュを生徒会総動員で構内を引っ張り回し、
運動部の練習の応援をしたあと、ようやく解散させられた。
リヴァルは要領よくバイトだとかで早々帰宅し、女子を先に着替えさせたので残っているの
はスザクとルルーシュの二人だけだった。
はじめは、こんな間抜けな衣装早く脱ぎたいと騒いでいたルルーシュだったが、もはやそん
な体力は残っておらず、パイプ椅子の上にくったりと座っているのをスザクは鏡越しに見た。
黒い猫耳が頭の上でぴょこんと立っている。
「似合うよね。ルルーシュ」
「…嬉しくないぞ」
本当に嬉しくなさそうにルルーシュは吐き捨ててスザクを見ると鏡越しに目が合った。
「でもきぐるみはちょっと暑いよね…?」
「ああ…動き回ったからなおさらだ」
スザクはジッパーを降ろしてきぐるみを半分脱ぐと汗をかいて湿ったインナーを脱いだ。ち
らっと鏡を見るとルルーシュと目が合ったが、ぱっと逸らされる。
「?」
なんとなく気まずい空気が流れたがスザクは気にせず、ついでに鍛えられた体に浮いた汗を
拭いた。
「そう言えば、ひげとかってどうやって落とせばいいの?」
「ああ、シャーリーがメイク落としを置いておいてくれたから、それで拭けばいいと思う」
ルルーシュは机の上にあったシートを取ると上半身裸のままスザクが近づいてきた。
「ふーん…準備いいね。もしかしてさぁ、男女逆転祭り?のときもメイクとかするの?」
ルルーシュの隣に来てそう言うとルルーシュは何か思い出したくないことでもあるかのよう
に顔を俯け、
「ああ…したな」
と半分笑ったような声で言った。
「ふーん」
スザクはそれだけ言ってしゃがみこんで、俯いているルルーシュを見上げた。ルルーシュは
驚いて反射的に身を引かせた。
そしてスザクはにっこり笑って言った。
「ね、僕メイクって落としたことないから、やってくれない?」
一瞬ルルーシュはきょとんとして、何を要求されたか理解して面倒くさげに言う。
「鏡見てやればいいだろ」
「目の周りとか、怖いな、と思って」
スザクに上目遣いでそう言われると、ルルーシュはなぜか邪険にできない思いがして仕方な
く了承した。
「ありがと」
スザクは明るく笑って、しゃがんだまま座っているルルーシュの太腿に手を置いて顔を向け
る。その様子は主人に懐く犬のようでルルーシュは笑ってしまう。
「…犬みたいだな」
「ルルーシュは猫だね」
そう返されるとルルーシュは、まだ耳をつけたままだったことを思い出してまた疲れを感じ
るがそれは置いておいてメイク落としのシートを一枚取り出した。
少しべたべたするシートを丁寧に折りたたんでスザクを見下ろすと、なぜかやたらときらき
らした瞳で見られて困惑する。
とりあえず頬からやることにして、ルルーシュはスザクの頬を支えて、固定する。
「力入れすぎてたら、言えよ」
「うん」
なぜか嬉しそうなスザクの声に多少のやりにくさを感じながらルルーシュはスザクの頬に描
かれたひげをこすって落としてやる。
くすぐったい反動なのかスザクの手がルルーシュの太腿の上でごそごそ動いて、ルルーシュ
はますますやりにくさを感じる。
「目、やるから、閉じろ」
「うん」
スザクの目の周りはパンダのような化粧が施されており、丹念に落とす必要があった。丁寧
にシートを2枚使って落としきるとスザクの顔から手を離す。
スザクは目を開けてメイク落としでべたつく肌を手でこすった。
「顔洗ってこいよ。べたべたするだろ」
「うん、でもルルーシュの、先に落としてからね」
言って立つとシートを1枚取り出す。
「俺は自分でやるからいい」
「いいからいいから」
いや、いいから、とルルーシュが答える前にスザクは中腰になってルルーシュの顎を捉えて
上を向かせる。
スザクがルルーシュをまじまじと覗き込んでくるので、ルルーシュの目は泳ぐ。
そしてふいにシートが頬に触れたので反射的に目を閉じた。
「んっ…自分でやるからいいって」
顔を左右に振ろうとするがスザクに頬を捉えられてどうにもできない。
「僕だけやってもらってそうはいかないよ」
「いっ痛い」
「あっごめん」
スザクは気をつけて、今度はゆっくりと頬の上でシートを動かした。
近いところに顔があって、ルルーシュは目のやり場に困ったので観念して閉じておくことに
した。
ルルーシュはひげ以外に特に化粧を施されていないのですぐ済むだろうと思ったがやたらゆ
っくりスザクがするので痺れを切らして言った。
「ま、まだなのか…?」
「うん、ごめんね。はじめてだから」
そう言われたら言い返すこともできず大人しくスザクがすむのを待つ。
スザクがぐいぐいと頬を拭くとルルーシュのまつげが震えた。
それを見てスザクは顔を綻ばせる。
ふるふる震えるまつげを見ながら顎を支えてる指を顎の下で動かすと、ルルーシュはぴくん
と反応した。
ルルーシュが不振に思って目を開けようとした瞬間、あたたかい息が瞼にかかって、その後、
柔らかくて湿ったものが瞼に触れて、ちゅっと聞こえるか聞こえないかぐらいの音を立てた。
「!!?」
パイプ椅子ががたんと音を立て、ルルーシュは全力でスザクから離れた。
「おまっ…何した!?」
「んー、メイク落としがついてたのかな?」
スザクは何事もなかったような顔をして、ぺろっと舌を出し、
「苦いや」
とルルーシュを見て笑った。
「ばっ…ばかなんじゃないのか!!?」
自分が何をされたのか理解してルルーシュは顔を赤く染めると口をぱくぱくさせてやっとの
ことでそう言い放った。
「あは、ごめん」
スザクはまったく悪ぶらずそれだけ言うと混乱極まっているルルーシュの頭の上を見て、そ
こに置かれている猫耳が本当に生えてるものだったらきっと今頃ぴんと張って逆立っている
んだろうな、と呑気に思った。

070526












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