Kanon

傾いた陽は空を赤く染めて、なぜかとても気の逸る思いがしてミレイ・アッシュフォードの
胸はざわめいた。
生徒会室の隅で自分が言い渡した書類を作るルルーシュの手が一度も止まらないのを見て、
早く帰りたいのだろうかと考える。彼はこれから妹の待ってる家に帰って、きっと2人きり
で食事を摂り、そして妹の手を握って眠るのだろう。ここにいる時間は彼の中ではどんな時
間なのだろうか。私と一緒にいる時間は。
「ルルーシュは、音楽、好き?」
唐突に質問をすると、ルルーシュははたと手を止めてミレイを見た。
「嫌いではありませんが、何ですか?また変なゲームでも思いつきました?」
ミレイはそれが予想していた答えの通りで、もどかしくなってしまう。そうじゃなくて、た
だ、引き止めるために言った言葉だったのに。
「楽器は弾けるの?」
「…嗜み程度ですが」
「さっすがぁ」
皇族の教育ね、と付け加えると貴族だって同じでしょうと返された。
そしてルルーシュはまた作業に戻る。どうしてか、いつもルルーシュは思い通りに動いてく
れない。予想通りではあるが、思い通りにはなってくれないのだ。
ミレイが何度もさせられているお見合いについて、ルルーシュは何も言ってくれない。口出
しすることではないと弁えているから、いや、それ以前に。
(興味がない…)
その考えが浮かんだときに、ミレイは自分で思っていたよりも傷つけられた気持ちになった。
陽は残酷にどんどん消えていってしまう。
(いつか)
こんな風に、どこかへ行ってしまう気がした。残酷に。自分の元から離れていくルルーシュ
をミレイはどうすることもできないのだと気付いていた。
だったら掴まえてしまえばいい。
(今のうちに)
だけど、太陽が沈むことをどうすることもできないのと同じで、きっとミレイはこの少年に
どうすることもできないのが確信めいて自覚できてしまう。
それが何故なのかはミレイ自身が一番知っていることだった。
(だから)
今のうちに、ルルーシュがどこかへ行ってしまう前に少しだけ、ミレイは自分の存在を憶え
てもらいたいと思った。
けれど、それすら叶うわけもなく。
ただ陽は消えてゆくばかりで。
「暗くなってきましたね。まだ終わらないんで、先に帰ってください」
そうやって優しく笑うルルーシュがミレイの心を突き刺すことをルルーシュはきっと永遠に
気付かないのだろう。
それが一番いいとミレイは心の中で頷いた。
(それでも――)












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