光さす庭


シャツを思い切り引っ張られて振り返ると、ナナリーが腕を精一杯に伸ばしてその細い手
でルルーシュのシャツを握り締めていた。
ルルーシュは不意のできごとに目を見開いて息を飲むことしかできなかった。
ナナリーは体全体を引き寄せる。車椅子が前のめりになって倒れていくのをどうすることも
できない一瞬がスローモーションのようにルルーシュは見えた。
大きな音を立てて車椅子とともにナナリーは倒れ、かろうじてルルーシュは妹を抱きしめる
ことができた。
否、抱きしめてきたのはナナリーだった。ナナリーは力いっぱいにルルーシュを抱きしめる。
ルルーシュの頬にナナリーの長く柔らかな髪がかかる。
立てないナナリーとともにルルーシュは草原へ座り込んでしまう。それでもナナリーは力を
抜こうとはしなかった。
驚いてルルーシュはナナリーの顔を覗き込む。
ナナリーは笑っていた。苦しそうに笑っていた。
その表情にルルーシュは胸が苦しくなった。熱いものが喉元から這い上がってくるような感
覚がして苦しくて言葉が出てこない。

「いいんです。私はお兄様と一緒にさえいられれば」

ナナリーがようやく呟いた言葉にルルーシュははっとした。
その強くて優しい声は、文化祭のときに手を握ってくれたそのときのものと一緒だった。
ルルーシュは返す言葉が見つからなくてナナリーを抱く腕に力を込めた。
ナナリーははっとして顔を上げる。
ルルーシュはナナリーの肩に顔をうずめるように抱き返した。
細い肩。けれど、この小さな妹が自分の生きる証なのだ。
草の匂いが、鼻に届く。柔らかい風がふたりの髪を揺らしていく。
分かり合えない。
ユフィともスザクとも。
世界は二人にとって、とても冷酷だ。

暖かな光が、そよ風とともに二人を包んだ。
草原に寝転ぶ兄妹の姿は、まるで、平和そのものように見える。
けれどそれとは裏腹に、二人は救われない世界を生きていた。
ルルーシュには光が見えなかった。
だから、もがくことしかできなかったのだ。
ナナリーは知っているのだろうか。
だから、こうして兄に笑いかけてくれるのだろうか。
自分さえ、いてくれればよいと願う妹。
気持ちは同じはずだった。

けれど。
ルルーシュは妹を抱きしめて、強く思った。

ナナリー、俺はもっと遠くへ行きたいよ。
誰もいない場所におまえを連れていきたいんだ。
二人だけでどこまでも、誰もいないところへ。
だから。
何に変えてでも、おまえだけは、一緒に。
その為には何もいらないから。

妹の、その年齢にしては軽すぎる体から伝わってくる確かな体温が、ルルーシュにとって、
きっと何よりの幸せであるはずだった。
しかしそれでもルルーシュは、ただ、もっと遠くへ逃げたいと思っていた。それがもう、
戻れない過去の光さす庭だと気付かずに、ずっと探しているのだ。
なんだかそれは、擦れ違う恋人みたいに、またはそれよりも途方もない問題であった。

071227












<