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夢の中で、お母様は、美しく、笑っていた。
お兄様も、隣で、わたしを見ていてくださる。
お母様とお兄様の美しい輝く漆黒の髪の毛と瞳の色が大好きだった。

けれどそれはすべて赤く染まって、お母様とお兄様を飲み込んでいった。

いやな、夢。

「おかあ…さま」
誰かが動く音がして、手が包まれた。
「ナナリー!」
「お兄様…?」
強く握る手が震えていた。ここがどこで、自分がどうなっているのか、まったくわからなか
った。ただ、ここが自分の部屋ではないということだけが伝わってくる。
大変なことが起きたのだ。
ふと、違和感を感じた。足に感覚がない。そこに自分の足がちゃんと生えているのかもわか
らない。突然不安に襲われた。
「お兄様」
お兄様は震えたまま、強く強く手を握っていてくださった。もしかして泣いているのではな
いかしら。お顔がみたい。
けれど、どこにもお兄様の顔はなかった。暗闇の中に音と、自分の心臓と、体の下のシーツ
の感触と、震える兄の手しか、存在していなかった。
「…え」
自分の声がやたらと響いているような気がした。
恐怖が、背中からぞくぞくと登ってくる感覚がわかった。
「おにい、さま…お顔が…見たいです…ここに…いる」
最後まで言わないうちにお兄様は私の手をとって、自分の顔に触れさせた。
「ナナリー、ここだよ。ここにいるよ。大丈夫。ここにいるから。ずっと」
ぽたり、ぽたりと何かが落ちてきて私の頬を濡らした。
「ずっと…一緒だから」
苦しそうに、でも優しい声で、お兄様は繰り返した。
「あ…」
そう。ぜんぶ。あれは、夢ではなくて、ぜんぶ、本当に起こった出来事。
本当に?本当に?どうして?どうして?
「や…」
「ナナリー…」
心肺そうなお兄様な声が聞こえたけれど、頭の中は何かが溢れかえるように、氾濫して。
「ナナリー…!」
強く、強くお兄様がわたしの手を握り締めてくれる。ああ、それでも、どうして、止まらな
い。
知らない大人の声が突然聞こえた。
「かわいそうに、もう目も足も不自由だなんて」
心臓が、何か、嫌な音を立てて、壊れてしまったような気がした。
お兄様の手は震えて、一言、静かに、「黙れ」と呟いた。

この世界に、お兄様がいてくれて本当によかった。
そうでなければわたしは死んでいたでしょう。


















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