強くて弱くて、ふわふわ。
厳しくて優しくて、あったかい。
さて、何のことでしょう。


ベビーライオン


ルルーシュは顔をふわふわしたものに撫でられているのに気付いて、薄く目を開ける。
目の前のものすごく近いところに茶色くてふわふわしたものが置かれてあって、ぼんやりし
た頭で触ってみる。
(なんだこれ)
手触りが良くて、あたたかい。
(やわらか…)
横になったままくるんと巻かれた毛束を指で弄んでみる。
懐かしい気持ちになる。いつか、そんな日があったような。夏の、真夏の頃。今は夏じゃな
いけれど、以前、そんな日があったような気がする。
自然と笑みがこぼれたのをルルーシュは気付かずに自分の顔をそれにくっつけた。
(そのときもこんな匂いが、したような)
少しだけ、帰りたいような気持ちになるのを不思議に思い、それに手を載せたままルルーシ
ュは再び目を閉じた。

「んぅ」という気の抜けたような声が背後からして、同じベッドの上に眠っていたスザクは
目を覚ました。
ふと珍しく転寝をしていたことに気付く。今日はルルーシュに勉強を見てもらうために学校
が終わったあと彼の部屋にやってきていた。
教えてもらっている間、ルルーシュは眠そうで、スザクは仮眠をとることを勧めたが「眠く
などない」と一蹴され、だがどう見ても眠たそうなルルーシュを見かねて、自分も仮眠をと
りたいと訴え、ベッドを貸してもらったのだ。特に眠くはなかったが、ベッドの端っこでス
ザクが横になって寝たふりをしていると反対側にルルーシュが寝転んだ気配がして、込み上
げてくる笑いを抑えながら静かにしていると、いつの間にか自分も眠ってしまったのだ。
(寝るつもりはなかったんだけど)
日の傾きから見ても大した時間は経っていない。ほんの15分か、長くても30分だろう。
ルルーシュは起きたのだろうか。だとしたら、自分はこのまま寝たふりをしてルルーシュに
起こしてもらうのが最良だろう、とスザクは考える。
そんなことをいちいち考える自分に苦笑しつつ、それでも優しい気持ちになり、それはもし
かしたら優越感なのかも、と顔をほころばせる。
寝返りを打つふりをして様子を見ようかと思った矢先、後頭部に何かがつんとあたって我に
返った。
寝返りを打ったルルーシュの鼻先が当たっている。
それがわかったのは、ルルーシュの吐息が後ろの首の根元にふわりとかかったからだ。
あまりに突然で、スザクは硬直してしまう。
これは、どうしたものか。
ベッドの端っこに寝ていたため、これ以上離れられない。
(別に離れる必要も、ないか…)
ルルーシュは半覚醒状態のようで鼻先にあたったスザクの髪の毛がくすぐったいのか顔を動
かして逃れようとしている。
それがスザクにも伝わって、あたたかな息と相まって首筋がくすぐったい。
「…ん」
再び小さく、声がしてスザクが様子を窺おうとすると、背後から後頭部を?まれた。
(…!)
またしても突然のことでびくりと肩を震わせるが、ルルーシュは気にしたふうもなく、それ
からその力が抜けた。
(お、起きてるのか…な?)
しばらく弱い力で頭をくしゃくしゃとされる。
(起こそうとしてるとか?)
意図がわからない。
そのうちルルーシュの指がスザクの髪束をからめとって弄び始める。
とてもくすぐったい。しかしそれ以上に。
(心臓が…)
スザクは自分の動悸が激しくなったのを自覚して、動揺した。
何を思って、ルルーシュはその行動をとっているのか。
ルルーシュの甘いタッチが、スザクを混乱させる。
子どもの頃、ルルーシュに天然パーマを触られたことがあったような気がしたけれど。
こつ、と後頭部にルルーシュの額があたった感触がして、スザクは思考を止めた。
首筋にかかる息が、より一層、近くなって。
スザクは汗が、体中から出ているのがわかり堪らず、
「ル」
ルーシュ、、と名前を呼ぼうとした瞬間、弄んでいたルルーシュの手がぽとりと頭部と耳の
上に落ち、完全に動かなくなった。
(…寝ぼけてた?)
のか、もしかして。と硬直した体で考える。
(なんだ…)
安堵とともに、一抹の寂しさが過ぎる。
(ルルーシュは昔から…なんというか…)
動揺した分、損したような気持ちになってスザクは虚しく笑った。
(思わせぶり…)
思わせぶりは…。
(良くないなぁ)
スザクは頭に乗せられているルルーシュの手をそっと掴み、反応がないのを確かめる。
(ほんとに寝てるんだ…)
やっぱり少し残念な気持ちになる。
それからなるべくベッドを軋ませないように寝返りを打つ。
背後に感じる寝息は、それはそれで幸せなのだけれど、仕返しをしなければならない、とス
ザクは思った。
ゆっくり寝返って、ルルーシュと向き合い、掴んでいた手を再び自分の頭の上に置き直し、
手を離した。
(近い…)
瞬きで起こしてしまいそうだと思える程にルルーシュの顔が傍にある。
(睫長いし…それに)
漏れてくる息が、直接、スザクの唇にかかる。
(くすぐったいなぁ)
目を細めて、ルルーシュの口元を見つめる。普段結ばれていることが多いように思うその唇
は、今は半開きだ。これはくっついても事故で済ませられる距離ではないだろうか。
(あぁ、ちょっとおかしくなりそうだ)
我慢してスザクは瞳を閉じた。

再びルルーシュは夢の中である。
ふわふわしたものに囲まれている夢である。
しかしこれは何なのか思い出せない。
でもとても好きだと思う。日常、好き、と言えるもの等早々思いつかないルルーシュは夢の
中でだけ、きっと素直になっていた。
(気持ちいい)
しかし、少し、冷たいような気がする。
(さっきまであたたかかったのに)
ぎゅうとふわふわを握り締めて、自分に引き寄せた。
ふわふわはあたたかい。冷たいのではなく寒いのだ。
なぜだ。ふわふわはあたたかいのに…。
もしかして。

瞬間、ぱちりと目が覚めた。

「は…」

先ほどまでの夢は一瞬にして忘却の彼方へと消え去り、冷えてきた部屋の温度に我に返った。
そして目の前には、ふわふわ。
ふわふわのスザクの髪、を触っている自分の手と、至近距離で寝ているスザク。
「!!?」
全力で身を引かせ、起き上がる。
するとスザクもぱっちりと目覚め(もちろんずっと起きていたのだが)、
「あ、おはよう」
と声をかけた。
「あ、ああ…」
ルルーシュはスザクの頭に置いてあった方の手を宙に浮かせたままぎこちなく答えた。
日は沈みかけていて、部屋は薄暗い。
いったいどれくらい寝ていたんだと時計を見ようとすると宙に浮いていた手をスザクにつか
まれた。
「な、んだ」
ルルーシュはなぜか嫌な汗が出るのを感じる。
スザクはにこりと笑った。
そして空いている手でルルーシュの髪をさらりと撫でた。
「ルルーシュは、髪、真っ直ぐだね」
その唐突な言葉の意味が、一瞬では理解できず、ルルーシュはただスザクを眺めるしかでき
なかった。とにかく居心地の悪い思いばかりする。
スザクはそんなルルーシュを眺めながら、笑っていた。

070627












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