アシンメトリー よくよく考えれば、ルルーシュという男は大層変わっていて、僕らが仲良くなるためには事 件のひとつやふたつ、なければならなかったんだと思う。 僕について、ルルーシュは知らないことが多いと思う。しかし僕も未だにルルーシュについ て知らないことが多い。 7年間の空白がきっとそれを埋められないものにしてしまったんだと思う。 だけどその7年間のひとつひとつを互いに埋めて、答え合わせをしたとしてもきっと僕らの 間にある距離が埋まることはないだろう。 どうしてそんなに悲観的なのかって? 「スザク、起きてるか?」 揺り起こされるような感覚で突然音がして我に返る。ザーッという何かが流れ続ける音が遠 くから聞こえる。その音よりも透きとおった音に僕は起こされた。 目の前で平べったい離れた目の魚がバカにしたように口をぱくぱく開けていた。一瞬こいつ が喋ったような感覚に陥っていたから慌てて水槽から顔を離す。 「ごめん!寝てないよ!」 「そりゃ…見ればわかるけど…そんなじっと見るものか?この魚」 平べったい魚はまるでこちらのことがすべてわかっているような動きでゆっくりとルルーシ ュの方向へ泳いだ。 ルルーシュはそれが少しおもしろかったようで仄かに笑う。それから何かに気付いて口を三 日月に曲げた。 「ああ、なんとなくスザクに似てるかな?」 「え、えー!?」 さらっと酷い冗談を言って口元を手に当てて笑っている。すると魚は機嫌を損ねたようにふ いっと回って水槽の奥に消えてしまった。 「大きい水槽だよね…」 ぐるんと上を見ると身長の3倍ぐらい高いところよりもっと上に水槽の果てが見えた。 「ああ、世界で2番目に大きいこともあったとか」 「ルルーシュは来たことあったの?」 「いや、俺はないな。こういう類の場所はナナリーも楽しめないし」 なんでもないようにルルーシュは言って、水槽から目を離した。 「そっか」 そう答えることしかできないのは7年前も今も一緒だ。 ナナリーの目は精神的なショックから来ているものだと聴いたから、もしかして7年間の間 に見えるようになっているんじゃないかと思っていた。久々にナナリーと再開したときの罪 悪感はきっと、ルルーシュに対しても同じで、ルルーシュも今も傷ついたままなのだ。 そして、僕は。 「というか…おまえは楽しいのか?水族館なんて」 「楽しいよ!」 それは少し嘘だった。ルルーシュと静かな時間を過ごせることは嬉しかったが、こんなに大 きくて静かな青暗い空間はほんの少しの絶望感を僕に与える。 分かり合えない世界との、確執。 世界が父親を指しているのか、ルルーシュを指しているのか、ブリタニアなのか、それとも 自分自身を指しているのかはわからなかったが、その圧倒されるぐらい大きな水槽は僕を否 定し続け、しかし、仕方ないことだと微笑んでいるようだった。 魚が当たり前のように水の中で生きるように、おまえは当たり前にその屍だらけの世界を生 きるんだ。 当たり前なんだ。その絶望は、不思議と悲しくなかった。 「楽しいっていう割にはぼけっとしてるな」 ルルーシュは水槽の方に小首を傾げて笑った。水槽にルルーシュの影が反射して、水槽の中 にもうひとりルルーシュがいるように見えた。 それはそれは美しいシンメトリーで、水槽が僕を一層拒絶したように見せた。 そう、魚が当たり前のように水の中で生きるように、僕らはひとつに重なることはできない。 だけどそれが僕を安心させている唯一の救いだった。 070521 < |